終末の夜にはしないこと

書きたいと思ったことを好きに書きます。

KAT-TUN田口氏脱退について一ハロオタが感じた事

を、書きます。

 まず最初に断っておきますが、私はKAT-TUNオタでもなければジャニオタでも無いです。ツイッターでフォローしている人たちの中に、KAT-TUNやジャニーズが好きな人たちがいて、少し目に触れることは多いですが、私自身は違います。モーニング娘。をはじめとするハロー!プロジェクトが好きなハロオタで、仕事中にもハロプロのことがよぎる程度のオタクです。

 それでも、田口淳之介さん(以下、田口くん)の脱退はショックでした。普段あまりテレビを見ない中で、フォロワーさんたちの影響もあって、田口くんがテレビで笑っているのを見ると「ああ頑張っているんだな」「いつも可愛い顔で笑う人だな」と思っていました。画像を見て、「きれいな顔をした人たちだな」と思っていましたし、二次元のアイドルかな???????と思うくらい、KAT-TUNが、田口くんが、アイドルとして生まれてきた人たちなんだなとすんなり腑に落ちたように感じていました。

 私は、どの曲が好きだとかもないし、ちゃんとライブに行ったこともないし、どのメンバーの担当だとかそういうのも全くなくって、けれどなんとなく外野として応援したいグループだと感じていました。それはやはり周りの影響もあったものの、彼らの魅力でしょう。

 

 ここまでが長かったのですが前置きです。

 タイトルの通り、私が田口くんの脱退で感じた、あくまで雑感を書きます。保険を掛けるようであれですが、私の第一のスタンスとして、メンバーの誰一人責めるつもりがないことをご留意いただけると幸いです。

 

発表の方法

 これは、よくなかった。誰一人責めるつもりは無いと言った矢先に、という感じですが、よくなかった。でも、これ以上の方法はあるかと言われたら、それはそれでどうかなと思うのです。

 どの方法も、結局一長一短なんですよね…。

 ライブの中で発表すればその場のファンはライブを複雑な気持ちで見ることになるし、いないファンもつらい。そして今回のように歌番組の中で発表するのは他の出演者に迷惑がかかりかねない。文面での発表は、本人の顔が見えない分つらい。(冠番組についても触れていたのですが知識が浅いので差し控えることにしました)

 ていうかまず、好きなメンバーがいなくなること、好きなグループが不利益になりうる形で変容することは誰も歓迎しないはずなんです。ファンだから。好きだから。だから、どんな方法で脱退を宣言したところで何かしらの苦さはあると思うのです。

 そんな中で、彼らは番組の中で、全国のファンに向けて発表した。その場を借りることで、バッシングが起こりかねないことはきっとわかっていたはずです。それでもあの場所で発表したのは、少しでも多くのファンに自分たちの声で、言葉で伝えたかったからなのかなと思います。

 

KAT-TUNの表情

 彼らの表情を見て、すごく胸が苦しくなりました。この項は、たぶん感情的な文章になるかと思います。

 微笑む田口くんと、悔しそうに苦しそうにする三人。この構図はなんだかとても痛々しくて、息を詰めてしまうようなそんな空気でした。

 田口くんのことを私はよく知らないし、だからこそ、そんな人じゃないよ、って言われたらそれまでなんですけど。彼はもしかしたら、「自分がその表情をしてはいけない」って思っていたのかもしれないなって。

 残されるメンバーと、残されるファン。彼らに辛い思いをこれから背負わせていくことをきっとわかっているはずなんです。私が垣間見てきた田口くんは、きっとメンバーもファンも大好きな気持ちを持って活動してきたんだろうと思っています。

 だから、もし彼が自分の意思を貫き通して辞めるという決断をしたならば、あの場面で泣いたり悔しがったり申し訳ない顔をしてはならなかった。前を向いていることを伝えるために、こわばった笑みを浮かべなければならなかった。あの笑顔は、他の三人と同じくらい、苦しい顔に見えたのです。

 それを、三人を置き去りにする男の無責任な笑顔と感じた人もいたかもしれません。でもきっと違うんじゃないかと思います。推測することしかもちろんできません。

 けれど、KAT=TUNが大好きだった田口くんも、今辞めると決めた田口くんも地続きでいる以上、私はあの笑顔を、強く悲しい笑顔と解釈しています。

女性アイドルと男性アイドル

 私は、ハロオタです。モーニング娘。の黄金期以降一度離れた出戻りにわかオタなのですが、女性アイドルには付き物の卒業、そして脱退をいくつか見届けてきました。

 Juice=Juiceの当時の推しであった大塚愛菜の脱退、モーニング娘。道重さゆみの卒業、Berryz工房の活動休止、カントリーガールズ島村嬉唄の脱退、そして今後目前に控えるアンジュルム福田花音モーニング娘。鞘師里保の卒業。

 どれも衝撃を受けて、未だに思い返すと、今もそこにいてほしかったという思いに駆られることが幾度もあります。

 ただ、女性アイドルはいつか、卒業することを頭において見ています。本当は、永遠に続いてほしい。Berryz工房だって、ママになってもアイドルでいてほしい。活動休止という言葉を信じて、過去形にできないでいるんです。少女たちが青春をささげた場所に、永遠に留まっていてほしいのです。でも、今のところなかなか実現は難しいみたいです。

 一方、男性アイドル。この場合指す対象はジャニーズなのですが、現在の彼らは「永遠の命を手にした箱」の中にいる気がしています。年を取ってもグループとして活動をしていける。もちろん、最初からそうであったわけではありませんが、今のところ、40歳になってもアイドルでいられる。これから先どこで区切りをつけていくのかわかりませんが、少なくとも前例がある以上一定の利益があるならば、デビュー組は残りえるでしょう。つまり、卒業を意識しながら見ることは女性アイドルより確実に少ないのです。

 ハロオタをしていると、いつか誰かが卒業した後の進路とか、卒業コンサートではこうなるだろうだとか、卒業後のリーダーは誰だとか、グループの雰囲気はこうなるだろうとか、次は誰が卒業してしまうかだとか、辞めることを前提とした想像を巡らせます。たぶん、私だけじゃないと思います。でも、ジャニーズのグループを、軌道に乗っている彼らを好きになったとき、きっとそれはあまりないんじゃないでしょうか。

 だからこそ、脱退するときはメンバーにとっても、ファンにとってもすごく傷が深い。

 辞めることを匂わせるような発言はそれまでしないのが当然ですし、予期せぬ出来事に決まっています。それはどこもそうでしょう(ハロプロだとブログが滞るとやばいなって思ったりしますけど…)。ただ、心の隅で卒業について考えているのといないのではやっぱり違うんだろうなと。

 それに、卒業は「おめでとう」と言えるけれど、脱退は苦しい気がします。言葉って結構与える印象を左右してて、前向きなイメージがあるのは前者だと思います。ハロプロで脱退という言葉を使うときは、なんらかのすれ違いがあることがほとんどです。*1

  必ず卒業がありいつもその瞬間瞬間を見なければ後悔するであろう女性アイドルと、卒業が無いと思いながら安心した気持ちで応援する男性アイドル。お互いがお互いの良さはあれど、いざ卒業・脱退となったときに、より辛い思いをしているのは後者のファンなんだろうと外野ながら思いました。

 

 

以上が、今回の田口くん脱退の話を聞いて思った雑感です。

誰も悪くないし、だからこそ辛い。私がアイドルを好きでいるのが嫌になるのは、やっぱり好きな子たちが辞めていくことを受け止めて、また応援する方向に気持ちをひっぱていく苦しさを感じた時だけです。幸せをもらった分だけ、失うのがつらいのは当然のことだと思います。推しじゃない子でも、どうして、今なんでこの時に、と思ったことは多々あります。それでも、応援するしか私たちにはできないんだなあと思っています。旅立つ人のことも、残された人のことも。

でもでも、やっぱり、まだいてほしかったって思う気持ちも、当たり前だし、あっていいと思います。

そんなことをつらつら考えました。

*1:モーニング。娘の福田、市井までは脱退と言っていましたが、中澤以後卒業と言い換えているのも言葉の印象によるものです